<2008.9.23更新>

今年のはじめに起きた「中国製餃子中毒事件」が解決しないうちに、今度は「中国産事故米不正流通事件」さらに「中国産メラミン混入牛乳事件」と新聞紙上に中国産食品の記事を目にしない日はない。
果たして日本の食の将来はどうなっていくのだろう?と一庶民ながら不安に思う人は多いはずだ。そもそも、食品の7割を輸入に頼り、さらにその3割を廃棄しているという日本の現状はかなり異常事態といえる。

なぜ、これほどまでに「食」を外国に頼らなければならない国になってしまったのだろう?
一言で言えば、政府の政策の無さというか将来的な計画の欠如が原因であることは間違いない。国民よりも大企業や組織を重視した政府の考え方が招いた結果なのだろう。

現在、多くの国民の食料の入手先はスーパーだろう。私の住むこの千葉の片田舎の町でさえ20軒近い大型スーパーが乱立している。誰が考えても需要を上回るほどの供給量であることは疑う余地が無い。コンビニもしかりである。
私は現在の食糧事情の元凶は、このスーパーにあると確信している。
この何十年かの間、スーパーは「消費者のため」というキャッチフレーズの下、安売り競争を続けてきた。というか、その安売り競争のドツボから抜け出せなくなり、安さがすべての価格至上主義の業界になったというのが実情だ。

そして、イオングループなどの大手スーパーチェーンは、あまりにも強大になり過ぎたことが問題の根源にある。例えばの話、ある大手スーパーがある食品メーカーの商品を売場から故意に外せば、そのメーカーの経営はあっという間に立ち行かなくなるだろう。それが大手食品メーカーだとしても例外ではない。その大きなバイイングパワーを武器に納入業者や食品メーカーに圧力をかけ、納入価格を下げる事に心血を注ぎ、その結果が中国産食品の輸入に拍車をかけたというのが間違いのない事実だろう。

日本にも独占禁止法という不当な商取引など罰する法律があり、公正取引委員会が監視しているが、これがほとんど機能していない。大手スーパーなどが納入業者に対して不当な取引等を強要するのは「優越的地位の濫用」に当るが、実際には日常的に行なわれ野放し状態というのが現実だ。もともと強制力のある罰則が実施されたことがないので、違反者側にとっては、屁の河童ということなのだろう。

ひたすら低価格の商品開発を追い求めることで泣かされているのはメーカーだ。
本来ならば、良質な商品を作れるノウハウや設備を持ちながら、安物を作ることを要請される。行き着く先が人件費や原料の安い中国だったという当然といえる流れ。
そして、ひとたび問題が起こればすべての責任はメーカーや輸入業者に押し付けられる、
もちろん当然といえば当然だが、事実上それを強制したスーパーは何のおとがめも受けずに被害者ヅラしているところに大きな問題がある。

もともと中国という国は、衛生観念や常識も日本とはかけ離れた国。それは政府や役所のお偉いさん、スーパーの経営陣、メーカーのトップも知っていたはず。
あまりに輸入品に頼りすぎれば、国内の産業は衰退し、虚弱化してしまうのは、だいぶ以前から予測できていたはずが、それを修正しなかった政府。大手企業の圧力に押され、
本来の日本の将来を舵取りするという仕事を放棄し、国策を誤ったということだろう。
しかし、時遅しで、すでに国内の農業、漁業、中小の製造業は半壊状態で、国民の需要を賄えるレベルまで戻すには、きっと何十年もかかるんだろうと思う。

「安いものには安い理由がある」というのは間違いの無い事実で、大量生産だから安いとは言い切れない時代だ。まして、食品に関しては大量生産、大量販売が大量被害を生むということを忘れてはならない。
そして今、大手スーパーが相次ぎ「ディスカウント業態」への転換に乗り出し始めた。既存の総合スーパーが競争激化で苦戦しているという台所事情からだが、さらにナショナルブランド商品の価格を10〜30%下げて販売すると発表している。
このことは何を意味するのか?とりもなおさず、更なる「安物」を販売しますよということらしい。「生活応援ディスカウントストア」などと称して、日本中に粗悪品をバラ撒かなければ
いいのだがと心配するのは私だけではないと思う。


今、多くの日本人に欠けているのは「物を大切にする心」だと思う。生まれた時から、世の中には食べ物が溢れ、最新の家電やゲーム機などの娯楽製品に囲まれ育っている。
その子供達に「物を大切にしろ」という親は少ない。というよりか、そうして育った子供達が今、親となって子供を育てているのだから無理だろう。
新しい物が良い物で、古いものは捨てて買い換える。そう、企業は巧みに宣伝し、政府もそれを奨励し、そういう風潮を造り上げ、いつしかそれが常識となってしまった。
その常識が多くの廃棄物を排出し、温暖化や自然環境の破壊につながっている。
今まさに個人個人の良識が問われる時代なのだろう。「節約が美徳」という世の中を目指したい。




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